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umaCCO ー最後の働く馬たちー 小田聡子


日本には今も、人とともに働く馬がいます。
これは、私が出会った、山で働く5頭の馬のおはなし。
日本の、最後の働く馬たちです。


花盛

民話のふるさと
岩手県遠野市の花盛(ハナモリ)
ご主人は菊池盛治さん


1

2001年11月22日。この日、私は初めて山で働く馬に出会いました。サラブレッドとは違う大きな体、丸い顔、やさしそうな目、とてもキュートです。
木を引っぱるための馬装をしてもらい、山を登ります。花盛の最近の仕事は、もっぱら間伐材を引き出すこと。馬は機械の入れない山に入ることができ、しかも山を傷めることなく木を引き出します。「山を大事にする人は馬に頼む」といいます。



やさしい目は本物で、花盛はとてもおとなしい、そして賢い馬でした。下り道を少し進んでは振り返り、振り返り、盛治さんを待ちます。盛治さんが「止まれ」と言えば止まるし、人の言葉をすっかり理解しているようです。
遠野には、人間の娘と馬の悲恋を描いた「オシラサマ」という話が伝えられています。一説には「身分違いの恋を描いたもの」ともいわれていますが、花盛を見ていると、馬に恋する娘の気持ちがわかるような気がするのでした。


2月。真っ白な雪の上を、同じくらい白い花盛が進みます。花盛の引く橇に乗っていけば、雪山登山はとてもらくちん。


馬は寒さに強く、冬は夏よりもずっと元気です。冬毛でモコモコの花盛は、深い雪をモノともせず、元気にすいすいと歩きます。雪の上は橇もよく滑り、馬にとっては作業がしやすそうでした。でも、冬の雪山には花盛にちょうどいい草が生えていません。道草が食えない花盛は、木をつけてもらう間、仕方なく雪に顔を突っ込み、雪をムシャムシャ。


3

この日、花盛は蹄鉄を新調してもらいました。
馬がたくさんいた頃、町や村には必ず「馬のくつ屋(蹄鉄屋)」がありました。しかし需要のなくなった今、町の蹄鉄屋さんはとても貴重な存在です。


岩手県宮守村(現:遠野市宮守町)の熊谷五吉さんは、中学校を出て以来、蹄鉄工の仕事に就き、80歳を過ぎた今も腕は衰えることなく、この道一筋で仕事を続けています。大戦中は軍馬の蹄鉄工兵として大陸へ渡りました。大陸へ渡った軍馬は、そのほとんどが日本に帰ることなく彼の地で亡くなっています。五吉さんは「戦争で亡くなった軍馬たちのためにも、死ぬまで馬に奉仕したい」と語ります。


4

9月。秋が近づき、また山仕事の季節がやってきました。
昔は、虫の出る夏にも、馬にアブ除け着せて仕事をしていましたが、最近は夏に山仕事をしません。この日は特別にお願いして、アブ除けをつくり、花盛に着せてもらいました。


山仕事用のアブ除けは、農作業で使うネットのような、とても簡素なものです。アブ除け姿の花盛に、盛治さんがひとこと…、
「めんこいなぁ」


仕事が終わって、馬装をといた花盛を撮りました。遠野の空が吸い込まれそうなくらいに青く澄んでいます。私はこの空がとても好きです。


トウシュンキング

南部盛岡の馬ッコ
岩手県盛岡市のトウシュンキング
ご主人は長澤長さん


1

トウシュンキングはかつて、北海道のばんえい競馬の競走馬でした。かっこよくて強そうな名前はそのためです。ばんえい競馬を引退後、5歳で長澤さんの家にやって来ました。


競走馬には向かずとも、少し走っては止まるようなおとなしい馬が山の仕事には向いています。とはいえ、初めて山に連れて来たときは、急なでこぼこの山道に驚いて、山に登れなかったそうです。
大きな体をしていても、とても力強くても、やはり馬は怖がり。


4月下旬の盛岡。東京ではとうの昔に散ってしまった桜が、ここではきれいに咲いていました。この春最後のお仕事。次は夏が過ぎてから、です。


2

盛岡の初夏の風物詩「チャグチャグ馬コ」は、田植えで疲れた馬を休ませ、馬の守り神である「御蒼前さま」に、馬の無病息災を祈願することから始まったお祭りです。

盛岡に住む長澤さんの家は、代々、「チャグチャグ馬コ」に馬を出しています。「チャグチャグ馬コ」には、毎年約100頭の馬が参加しますが、馬が少なくなった今、そのほとんどは他市町村や他県からの借り馬です。長澤さんのように、馬・衣装・馬方と、すべて自前で揃えられる家は稀になりました。


青毛の盟友
秋田県北秋田市鷹巣町の力(リキ)
ご主人は長谷川伊久雄さん


1

真っ黒い青毛の馬体。太くてたくましい頸。筋肉のついた厚い胸、肩、お尻… さすがに牡馬の風格です。リキは例えるなら「仕事ができる大人の男」。余分なことは口に出さず、自分の仕事を黙々とこなし、しかも「いい仕事」をする。どこか、ご主人の長谷川さんに似ています。


リキは、引き手(手綱)で引っ張らなくても、黙って長谷川さんの後をついて仕事場に行き、家に帰ればひとりでに自分の小屋に戻ります。ご主人の長谷川さんも多くを語る人ではないけれど、馬への愛情はその態度から言葉以上に伝わってきます。とても素敵なコンビです。


6月。この日の仕事場は、崖っぷちのような急な山でした。いくら馬とはいえ、本当にこんな所を登れるのか不安なほど。しかし馬も人もタフでした。道なき道を登り、まずはリキが安全に材木を引っ張り出せる道を、リキも一緒になってつくります。草を刈り、土をならし、馬が転落しないように丸太でしきいをつくれば道の完成。そう、もともと山に道などないのです。


2

雨です。人も馬も合羽を着て作業をします。
この日のリキの仕事は、家を建てるための太くて大きな木を運び出すこと。間伐材とは違ってとても太い木なので、馬も人もたいへんです。リキは雨が降っても黙々と働きます。木をつけてもらう間は、雨にぬれながらもじっと待っています。その姿はとてもけなげ。


リキの引く橇は、アカシアの木でできています。乾くと硬くなるとか。この日は新調したばかりの橇で挑んだのですが、雨と泥であっという間に真っ黒になってしまいました。10月末とはいえ、この日の気温は3℃という寒さ。たき火の暖かさとありがたみを存分に味わったのでした。


アユノサト

東北一の働きもの
宮城県加美郡加美町のアユノサト
ご主人は岡本忠男さん


アユノサトは、尾花栗毛で、顔に太くてまっすぐの白徴(はくちょう)が入ったキレイな馬です。岡本さん曰く、
「白(はく)が曲がった馬は性格も曲がっている。白は太くてまっすぐなのがいい」
森林組合を定年退職してからは、馬の仕事だけでのんびり暮らそうと思っていた岡本さん。けれど、知る人ぞ知るは馬力集材の良さ。フリーになった岡本さんには次から次へと仕事が舞い込み、気がつけば一年を通じてほぼ毎日が馬仕事です。


けれども、重労働の割にお金にならないのが馬力集材。アユはときどき、地域のお祭りで馬橇を引いたりして、自分の餌代を稼ぎます。


アユは胴が短めの小柄な馬で、トラックの中で方向転換ができるスグレモノ。いつも「もう仕事場?」といった風情で、まずトラックから外をうかがい、それから仕事への第一歩を踏み出します。仕事場に大好物のササが生えていても、岡本さんの合図があればすぐに発進する、とてもまじめな馬なのです。


シロ

八女茶の国の大ベテラン
福岡県八女郡黒木町のシロ
ご主人は松本七郎さん


シロは20歳を超えた、かなりの「おじいちゃん馬」。けれど、山の仕事には慣れたもので、岩山のように険しい斜面も、カッポカッポと気持ち良い音をたてて、すいすい登っていきます。「このあいだの場所でしょ?先に行ってるからねー」とでも言いたげな、余裕の足取り。


シロは、伐採しただけの20m近くある木を1本ずつ引き出します。仕事のしかたも馬の道具も、東北とは少し異なります。
「ほれ、上がれ」「ちょいと待て」「シーシー」
松本さんは絶えずシロに声をかけます。
「青空の下、馬とともに働く。気楽でよか仕事じゃ」
引き出してきた丸太に腰をかけ、そう話す松本さん。となりには、食後のうたた寝をするシロの姿がありました。

春うららかな3月です。


今も人とともに働く馬がいます。

かつて日本には、町のあちこちに「働く馬」の姿がありました。人々は、家に馬を飼い、馬で田を耕し、馬で荷物を運びました。馬は仕事のパートナーであり、大切な家族の一員でもあったのです。

しかし現在、「働く馬」のほとんどは姿を消し、この本に登場するような、わずかに残った「働く馬」たちも、一頭、また一頭と、その姿を消そうとしています。

私たちは今、馬という大切なパートナーを手放し、失いつつあるのではないでしょうか?

最後に、出会った馬と、馬を通じて出会ったすべての人に感謝します。

この本が、少しでも馬の役に立ちますよう… そして、働く馬の姿が日本から消えぬよう…。


小田聡子(おださとこ)

1978年愛知県豊橋市生まれ。
2000年慶応義塾大学文学部史学科民族学考古学専攻を卒業。
2005年8月まで馬の博物館に学芸員として勤務。

2001年に初めて働く馬に出会い、一目惚れ。
以来、各地に働く馬を求めては写真を撮る。

写真展:「山の馬しごと」(2003)
「山林に生きるー働く馬とその周辺ー」(2003)
「ばんばのチカラーばんえい競馬写真展ー」(2004)
「雪と馬」(2005)
いずれも馬の博物館(横浜)にて

UmaCCO ー最後の働く馬たちー
2006年5月25日発行
著者:小田聡子
(c) SatokoOda, 2006


*写真は抜粋です。本書に掲載されている写真を全てご覧になりたい方は写真ギャラリーまで。

http://www.amazon.co.jp/umacco―最後の働く馬たち小田聡子/dp/4797486511/ref=la_B004LUVPUO_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1409104734&sr=1-1